物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

呼んでいる声が聞こえる

大きくゆっくり深呼吸を三回、肩を落とすと、ため息になるから空を仰いで胸を張った。

長年愛用の傘を無くして1週間が経過した。高くはなかったし、傘の先は少し曲がってクタビレていて、防水機能も怪しい代物だ。

だけど、雨の日には僕と一緒に何処にでも出掛け、預けても忘れず一緒に帰ってきた。僕の傘は、ある生活雑貨ブランドの大量生産品で、同じ傘を持つ人も多いけど、僕にとっては唯一の傘だった。使い古して傘をまとめる部分のベロクロが駄目になり自分で取り換えたり、防水スプレーを施したりして10年近く使用していた。僕には傘を捨てる理由もなかったし、新しい傘にも興味を持てなかった。完璧に近い信頼関係を持つ相棒、僕にとってそんな関係だった。

「キミたちはキレイだね。だけど、まだ中身がない。

だれもキミたちのために死のうとは思わないはずだからね。

もちろん、通りすがりの人が見たらボクのバラも君たちもまったく同じに見えるだろう。

だけど、キミたちを全部合わせたとしても、ボクのバラにはかなわない。あのバラは、たった一輪でも、キミたち全員より重要なんだ。」

僕のお師匠さんの星の王子さまも、そう言っている。傘もバラも変わらない、そして人間も。

大切だと思う気持ちは、相手にも伝わるのだ。しばらく考えていたら、紛失した場所を思い出した。

僕の傘が此処にいるよと呼んでいる。暗い倉庫の隅で僕を待っている気がしていた。

でも、僕は引き取りに行かなかった。この機会を利用して別れのチャンスを待っていたのかもしれない、意図せぬ偶然で無くしてしまったのだと諦めることで、消極的に遠ざかって行こうとしていた。

長い時間を過ごすと、何故一緒にいるのか解らなくなる。飽きていた、もう潮時なのだ。

繰り返すがこれは傘のだけの話ではない。

こうして、僕は相棒を失い雨の日を迎えることになりそうだ。たかが傘一本の話だけど、少し切ない物語なのだ。

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