物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

恋文

好きな女の子の好きなところを箇条書きにしてノートに綴る。好きなところが少なくなればなる程、相手を好きではなくなってしまったのか、或いは好きすぎて、感情を言葉に出来ないかのどちらかだろう。

究極は好きだから好きで、楽しいから楽しいで、一緒に居たいから離れたくない、だろ。

僕が人生で書いたラブレターは1000通を越える。なかには似顔絵付きで書いたもの、下手くそな歌に乗せてテープに入れて届けたもの、短編小説の形を借りたプロポーズ、ふざけて、ダイスキダヨ○○チヤンと電報を打ったこともあった。若気の至り極まれりだな。

人知れず出さなかった手紙は10000通を越える。膨大な時間を費やして相手を思い、傍らで寄り添い支えようと決意し、心を込めて願い祈りながら紡ぐように文を綴った。相手に通じても通じなくとも、自分が真摯に相手に向き合うことが大切なのだと信じ、敬意を抱いて言葉を探していた。

結果、手紙は出さなかったが文章を書くことで客観的に自分を見つめることが出来た。効果として悪戯に感情をぶつけることを控えるようになった。優しい気持ちでいつだって君が好きだ、大好きだと綴る。一輪一輪花を贈るように、君に届けと願い、誰かに笑われたって、そう思っていたいと心に刻み静かな心で。

今日も君に長い文章を書いたけど、保存もせずに削除した。君に伝えなかった想いは初夏の風が舞い散らした。

でも優しい気持ちになったからそれでいいのだ。今朝君を見かけたとき、何故だか涙が出てきたよ、心配をお掛けしてごめんなさい。お騒がせしてすみません。こんな僕だけど暫くお付き合い下さい。なんて君に届けば良いなと思うよ。

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