物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

パッチワークの心

長い休息は望めず、短い休み時間に息継ぎのように深呼吸をして自分を叱咤し前へ進もうと考えている。課題は、山積みで解決出来ることも出来ないこともあり、つぎはぎだらけの心はボロボロなのだ。

僕の居場所は世界の何処にも無い、逃げ道も塞がれて、今やいざ立ち往生の状況だ。そんな程度で甘えるな、命があるだけ良いだろうと叱られるだろうけど、それも保証されない現状では辛いものは辛いと言いたいよ。それに、言葉も気持ちも届かず、無視されたり否定される度に自分が間違っているような気にもなる(恐らく間違っているのだろう)

理解者も賛同者も見つからないのは、僕に魅力がないからで、ただ使い勝手の良い便利屋として利用されているだけの人生だ。好きでやってるように見えるなら、大間違いだと否定するよ。

求めても与えるだけで与えられず、親切は無償であれと思いながらも、心に余裕がないので、優しい言葉の一つぐらいは求めてしまう、それは贅沢というものかな。発言の意図を汲むことも出来ない奴らには理解は出来ない話だろう。現象ではなく本質の話なのだ。そんなことに拘る僕は勝手で迷惑な男だと笑えてくる。

通りすがりに声をかけてご機嫌をとる、それが当たり前だと周りも思っているから、調子の良い軽い男だと見られても仕方がないよな、表と裏が違いすぎて笑えない冗談のように日々は過ぎる。

心にはいつも風が吹いている、そよ風の日も嵐の日もある、夜風に吹かれ今日は千切れそうな心を両手で抑えていた。そう見えないのは一種の才能かもしれない。イヤ、僕が周囲に気配りするほど、誰も僕には興味がないからだ、見返りを求めることは愚かなことだし、叶わなければ誰かを責めてしまう。

大丈夫さ、全て承知の上でのワガママなのだよ。

孤独であろうと望んだのだから、心を強く持つべきだな、嫉妬なのか憎悪なのか外からも強く風は吹いている。竜巻に巻き込まれマンチキンの国に舞い降りたドロシーみたいに違う世界に吹き飛ばされそうだよ。異世界で魔法の靴を履いて生きるのは楽しいだろう、なんて思うのは疲れているからだ。もしいつか機会があれば、僕は死ぬ日までふざけて笑っていた、と誰か僕の家族に伝えてくれないか、それも叶わぬ願いでしかないか。寂しいものだよ、ホントにね。