物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

無害と無益は異なるものだ

今日も目を閉じると気絶しそうなほど眠いから心も身体も弱っているんだ。

僕は此処にいても良いのかな、僕は誰かに必要とされているのか、世の中の役に立っているのか、社会にとって価値のある人間なのだろうか。

労働し、消費し納税しているから最低の義務は果たしているだろうけど、誰にも何の影響も与えないケチな人生だ。別に突然居なくなっても困らない男だと思う。本当にそう思っているんだから嘘ではないよ。

自分には人間的な魅力も無いし、尊敬に値するような人格者でもない。容姿も人並みな疲れたオヤジだ。自分に自信なんてまるでないんだ。

だから預金残高の多寡と嫌いな筈の金儲けの技術にしか、価値を認められない残念な人なのだ。

実際に金のない奴は話も聞いて貰えないし、コネも増えず情報も得られず、斯界の有力者から相手にもされない。

凡庸で衆愚な一市民として、社会の仕組みに組み込まれて家畜のように餌を与える者に尻尾を振る、そんな人生なんて嫌だなと思うし、生きるに値しない。

正直、金には頭を下げたくないよ。でも権力の近くで、この世界を動かす仕組みや真理に少しでも触れたいと思っているから、それは刺激的で驚愕する事実の連続であり、好奇心をくすぐる世界なのだ。

ただ、僕が保有する金融資産を集めても、せいぜい8,000万程度で、不動産を処分しても2億に届くかどうかの中途半端な小物だから、秘密を握る金持ちの仲間には入れてもらえない。その割には勘違いした奴らが僕の廻りを彷徨い、小銭をせしめようと近づいてくるから可笑しいなと思う。

嘗められないように、金持ちの振りをするのは虚しい、虚勢を張る自分が馬鹿に思えて辛いんだよ。

僕には金儲けの才能は無い、富豪である親戚のように自家用ジェット機を所有していないし、妻の閨閥のように財閥の創業家に連なる人物もいない。持ってくる金儲けの話も小粒で、胡散臭い連中にアイデアを託して小銭を集めるだけのケチな人生だ。

それに僕はもう投資家ではないから、家族のお守りとして動かせない死んだ金しか持っていない。

金儲けの手段と知恵袋、それ以外に僕の魅力なんてないんだから、まともな人間が近寄らない現実を認めるべきだなとも思う。

別の道を探していく気はない、現実を受け入れて破滅するまで、如何わしい輩と付き合うしかないようだ。少なくとも彼らにはまだまだ僕は必要とされているみたいだからね。誰かが喜んでくれるのならそれで良いのさ、それも無くなればあとは死ぬだけで、気楽なものさ。

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