物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

拝金主義者の孤独

ここ何年も長くは眠れず、2時間適度の浅い睡眠を2回程度繰り返し朝を迎える。夜は恐怖であり、忍び寄る不安と鎌首をあげる猜疑心に潰されて息苦しくなる。

深夜には、過去の悪行に苛まれ心が潰れて悲鳴をあげる。亡くなった友人、知人が手招きをしているから、そちらに堕ちていく方が気持ちが楽だと誘惑に負けそうになる。

でも、逃げれるうちは逃避を続け、追い付かれたら諦めようと思う。

暗闇の隣に誰もいないのなら、せめて綺麗な歌が聞きたいとも思う。寝付けない僕には子守歌が必要なのだ。歌声に抱かれそのまま死んでしまいたい。

愛しても愛を与えられず、愛されても愛を与えずで生きてきた。僕は本気で向き合いながら逃げ道を用意する周到さで生き残ってきたが、その場しのぎはもう限界だ。

女に依存し甘える生活も飽きてしまった。太宰治氏に倣って一緒に死んでくれる女を探していたが、もうやめたよ。

僕は誰かに必要とされているのかな、金や利便の提供以外で他人の役に立っているのかな、人間性に魅力がないから、金の力に頼り、金の力で言うことを聞かせているのは承知している。命の次に大事な金を使って相手の心を引き留めている。一文無しになったら、僕の味方は一人もいない。淋しいけど仕方がないし、それが答えである事は30年も前から知っていた。朝なんて来なければ悪人を続けることもないのになんて考えている。 

 

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