物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

転倒するまで回り続けた

偽悪的に振る舞っているのに、世間の評価は偽善者になっていた。

味方でも敵でもない、人生ですれ違うだけの他人の評価や噂話に心を痛めることは無駄なのだ。

批判をするのは勝手だけど、僕の何を知っているというのかな、ただ気にいらないのなら仕方がないけど。

中庸は徳の至れるものなり、と孔子は言葉を残したが、中庸を実践するためには、世界の裏側を知る必要がある。天上でもなく地下でもない世界を知らなければ、本当の世界の成り立ちなんてわからない、僕はあやふやな地平線の上を自分なりのバランスで立ち続けている、公平であろうと思い、誰も嫌いにならないでいたい。

ともかく中庸の気持ちで、平穏に何が起きても動じず、欲我に溺れぬようにあろうと思う。

価値や意味は自分の判断で決めるものさ、何時も馬鹿みたいにへらへらしてる上辺ばかりの軽薄な人間だと誤解されているから、たまには調子が良いだけの浮薄な男ではないところをご披露しないとね。

 立ち位置はここでよいか、堂々として威厳はあるか、相手におもねり好かれようとしていないか。あーあ嫌だな、求められる役割を演じて消耗している。疲れてしまった。

感情的に機嫌が悪い訳ではない、職場や家庭での役割が自分らしくなく、偉そうで立派なことを言う自分に腹を立てている。なんだか自分が嫌になるのさ。

何十年生きてはみたが、僕には何処に居ても、居心地の悪さしか感じられない人生だった。価値や意味、あろうがなかろうが大差はないよ。

ただ、職場で役職名だけで呼ばれると、僕個人には用がないみたいで淋しいな、僕だって生身の人間だから悪口を言われると傷ついたりするのさ。なんだかなぁもう、ほんと。

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