物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

笑っていても可笑しくない

見えないナイフを片手に近寄る人々を傷つけていた10代の僕は、自分の能力では世界を変えられず、何者にも成れないであろう人生に絶望し、罪の有る無しに関わらず社会や周囲の人間達を憎悪し迷惑ばかりをかけていた。

年を重ねて20代も中頃になり、唯一に近い理解者に諭され、やっと自分をコントロールできるようになった気がした。体力の衰えと共に怒りも収まっていったのだろう。

見えないナイフは飲み込んで、人には笑顔で微笑みながら、表面的には無害な人物に見えるよう目立たずにと心がけていた。生き急いで自滅するには、まだ命が惜しかった。

愛想笑いを続け無必要に振る舞う度に飲み込んだナイフは自分を傷つけた、陽気に振る舞った分同じだけ傷は深くなる、そんな生活を送っているうちにやがて痛みは感じなくなった。

激しい本性を誤魔化しながら生きているうちに本当は優しく物わかりの良い人間になった気がするのだから不思議なものだ。 

やがて心の美しい優しい女に出会い、家庭を持ち子供を育てる喜びも味わえた。仮初めだけど幸せだと思えた。

でも、約束事に縛られ首輪とリードをつけられて生きるのは耐えられないのだ、心は渇き、ささくれ立っていた。

やさぐれた僕は優しい気持ちを持つ別の女を見つけ身を委ねることで、心のバランスを取っていた。見えないナイフは彼女達に預けて、僕は甘え安心と安全を手に入れた。

彼女達から好意を受け取り、代わりに愛を配った。信じてくれないだろうけど、浮ついた気持ちなんて微塵もない、誰も本気で愛していた。相手の一生を請け負うつもりで何時も心を込めて相手を想い全てを捧げた。それは嘘ではないが、だからと言って誉められた話でもない。

ただ、彼女達がいなければ僕はこんなに長生きは出来なかった。僕に出会ってぐれて感謝している。そしてチャンスがあれば、少しで良いから世界を変えてやる、とまだ思える自分に呆れながら、それが僕を生かしてくれた女達への恩返しだと思っている。