物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

生きているから、かなしいんだ

自分の周りで、不慮の事故や事件、自死や難病で亡くなった人、また忽然と社会から消えた人達の数を数えていたら、溜め息が漏れた。恐らく普通の生活(何を基準かわからないが)を送る人よりも数は多いのだろうと思ったからだ。

40年前は事故現場で震えていた。27年前の殺人事件はテレビニュースで知った。バブルが弾けた数年間は混乱で有象無象の友人、知人が次々に居なくなった。死神がやって来て自分の頭上を飛び越え隣の男を攫っていた時には、ただ運が良かったのだと思った。その後もう一度死神の背中を見送った後で、もう三度目は無いと思った。それ以来死に場所を見つけて生きている自分に気がついた。

いつも不様に生き残った自分を恥じていた。

優しい奴や立派な人間は早く死ぬと言うが、本当にそうだと思う。数年前に地下世界に巣くう魑魅魍魎から逃げ出せたかと思ったが、ことあるごとに呼び出されては、お前はこちら側の人間だぞと念を押されて恫喝された。暗闇の底で蠢く毒虫に絡みつかれ足を取られそうなになる、転んだら引き込まれる。

僕は良い奴ではないから生き残っているのさ、もう真っ当な生活を送ることは諦めている。命はとうの昔に捨てているから、せめて誰かの役に立って死んで行ければと思っている。

今回もそうだが、事情を知る者の一人として、マスメディアは恣意的に結論ありきでミスリードを続けるから口惜しい。ロジカルに事実を積み重ねていけば真実に辿りつくと信じてきたが、情緒的な気分や空気に影響されて真実は右へ左へ転がり定まらない。

ともあれ、僕はまだ生きている。生きているから哀しみ、身体には真っ赤な血潮が流れている。

善悪は是非に及ばず、もう一度地下に戻り金と暴力と権力が絡み合う世界で答えを探そうと思う。 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだ、運が悪ければ闇に飲み込まれて死ぬだけさ、

“HASTA LA VISTA,BABY!”先に地獄で待ってるよ。