物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

波打ち際を歩いた日

波打ち際をシーグラスを拾いながら歩いた。4月の海は風が強く白く波が立っていた。横を歩く彼女の髪型が崩れて白いうなじから続く左耳のピアスが覗いた。僕は彼女の隠された艶めかしさに触れてしまったようでドキリとした。

海は曇り空を写したライトグレー、時々日が射すとエメラルドグリーンに光った、印象に残る良い風景だ。シーズンオフの鄙びた海水浴場は人影まばらで、プライベートビーチのように開放的だった。海と空、波乗り人、散歩をする犬と飼い主、淡い光が躍る春の海。

僕らは誰もいない貸しボート店の管理小屋の椅子に座って海を眺めることにした。しばらく水平線の先にある海と空の境界線を眺める、やはり風は強く向かい風で、海から訪れる何ものかを待っているような気持になる。その時不意にこのまま時間が止まれば良いのにと願ってしまった。小さな箱に入れて留めておきたい美しさ、この小さな世界の佇まいを切り取ってしまいたいと、僕は思った。

彼女のコートの左ポケットに、僕が拾った貝殻とシーグラスを預けた。今となってはシーグラスは人魚の涙と言われているとか、小さな貝殻の種類について説明する機会はない。もはや、そんなことは彼女にとってはどうでも良いことなのだろう。

全ては僕の頭の中を通り過ぎる個人的な風景、感慨、そして記憶だ。僕が見たのは幻想で春先の蜃気楼のような儚い夢だったのだ。

過ぎてしまえば懐かしく美しい景色だ。やがて思い出に変わるその日が来るまで待つしかない。君と過ごした物語はこれで終わりのようだ。

嗚呼、物語は終わっても人生は続く。楽しかったし嬉しかった、僕に生きる意味と癒しを与えてくれた、君は僕のウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングだよ。

僕はずっと夢を見ていたんだ。君と二人で海岸線を歩くことを。それは拙くも叶ったからそれで良しとしよう。

そして君は可愛いそれも事実だから、名残惜しいが万事はこれで良しと思うことにするよ。