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物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

東京をよぎる桜月夜、こよひ逢ふ人は...

「あなたの考え方や会話が面白くて、一緒にいると時計が故障してるみたいに時間が早く過ぎていくわ、あなたって何時も一生懸命で、誰にも優し過ぎるから疲れてしまうのね、無理しないでと言っても、こんなの無理じゃないって言う人だし、私あなたの体調を心配しているのよ」

お別れをする前に、八重洲中央口の改札の前で彼女は静かにゆっくり僕に語った。

確かに疲れは溜まっていた、背中に張り付いた痛みは取れず、鎮痛剤を飲みながらベッドにうずくまる夜を過ごしていた。疲れているし元気では無いけど、信頼して心を預けられる彼女だから、自分を取り繕う必要なんてない、素のままでも許してくれると思っていた。今日僕は、相槌しか打っていないような気がするよ、それに無理なんてしないよ、自分が出来ることしかしていない、いつも僕の体調を気にしてくれてありがとう、格好の悪い生き方だろ、君は僕を良く知っているから呆れているだろ。

「そうね、あなた自分に厳しい人だから、そう言うと思ってたわ、私これでも、あなたに会う時は毎回緊張するのよ、嫌われたら嫌だなって思いながら来てるのよ。でも一緒にいると、ほっとして安心出来る、笑ってるあなたが好きよ。それに全然変わらないなって思うの」

僕が?

「ううん、私がよ。あなたに会っている時、初めてあなたが微笑んでくれた日のように、ドキドキしてソワソワしちゃうのよ、変でしょ」

いや、可愛いと思う。

「ありがとう、おばさんなのに、本当にそう思うの」

君は君だろ、何も変わらない。それに僕も立派なおじさんだ、しかも、疲れたおじさん。おじさんは人生に疲れる、そしてくたびれてこそ一人前だろ。

「楽しい人ね、昔から変わってるところが、変わらないから素敵よ」

褒められてるのか、からかわれているのかわからないな。そうだ、一つ分かったことは、言葉は心を超えることはない。気持ちを伝えようと尽くすのは心なんだ。ってことさ、君が言いたいことはそんなところだろ。

「あなたがそう思うのなら、私もそうよ、私達はナイフとフォークみたいな関係なんでしょ」

違うよ、 破れ鍋に綴じ蓋さ、古ぼけて壊れて傷つきながらもピタリ合う良いコンビさ、君には説明が要らないはずさ。

「そうね…」

彼女は少し沈黙を置き、

「あなたもう行かないと、今日は振り返らないでね、私も見送らないから」

もうそんな時間か、寂しいけどじゃあまたね、と声をかけて僕は改札に向かって歩いた。5mほど進んで振り返ると、彼女と目が合った。彼女は何時も見えなくなるまで僕を見守てくれた。出来ないことを言って、強がらなくても良いのに…そう思った瞬間、体から感情が溢れて僕は駆けより彼女を抱きしめた。別に誰が見ていても構わない、頭上からミサイルが堕ちてきても気にしない、好きだよと告げて彼女を強く抱きしめた。彼女の体は冷たくて僕の良く知っている甘い匂いがした。君は全然変わらないなって僕は呟くと

「さっき言ったはずよ」

と彼女は微笑んだ。