物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

I DON’T MIND IF YOU FORGET ME

君が僕のことを忘れてしまっていても、僕は気にしないよ。

待宵の月は朧で、桜は夜の静寂で風に散る。

僕は誰も知らない山の斜面に咲く孤高の桜の古木に想いを寄せる。深山幽谷の中で静謐に命を燃やし、自分の役割を全うし枯れて朽ちる命。誰も知らない花の生涯。薄紅を纏う桜は皆、自分の為に花を咲かせ散っていくのだ。誰かの為になんて考えてはいないし、自分の生き様が人間に感動を与えていることなんてお構いなしだ。

懸命に生きるということはそんなものだ。儚さとか潔さが美しいなど、人間が勝手に思い描いた感情で、桜はただ自分の使命を果たす為に生きているだけなのだ。

断れない相手から挨拶に来いと呼ばれて、夕食に付き合った。窓から覗く東京の桜はもう見頃は過ぎていた。車で来た僕は、緑色のボトルが綺麗なイタリア産の炭酸水を飲んでいた。ツンと鼻に抜けるガスに顔をしかめて、窓の先に伸びる桜坂を上り下りする花見客を眺めていたら不覚にも涙が溢れそうになった。誰もが空を見上げて楽しそうに微笑んでいた。僕の住む世界とは別の世界に彼らは生きている。近くて遠く僕にはもう戻れない日常だ。かつてはあの世界に住んでいた僕のことをもう誰も覚えていないだろうな。

4時間ほど付き合い解放された僕は、駐車場までの道を遠回りをして窓から見えた桜坂を独り歩いた。深夜近くでも街に人が溢れる東京は煌びやかで眠ることを知らない街だと改めて思った。この桜坂を登りきったら海が見えたら良いのになんて子供のように思う自分が可笑しくて、哀れでなんだか泣き笑いの気分になった。でも、なんであれ生きている、桜のように毅然と自分として僕は生きているつもりさ。