物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

心が潰れる音4

「この子は無理をしていたんです、強くもないのに強いふりをして、恰好ばかりつけてバカな息子です」彼の母は、僕の知らない彼の姿を語った。

無理に飲みすぎて家で嘔吐する彼、周りの気を引こうと奢り集られて借金を重ね、ギャンブルに依存する彼、名古屋を離れてから、彼の事を忘れて暮らしていた僕には初めて聞く話ばかりだった。

僕は知らなかったし、彼も僕には昔のままの自分で居たかったのだろう。自分の意に反して強くて格好の良いまま死ねなかった彼を哀れにも思った。

何処かからペットボトルを握り潰すようなグシャっという音が聞こえた。確かに病室の何処から音が聞こえた。それは彼か彼の母かそれとも僕、いや全員の身体から聞こえた音だ。

僕は自分の憧れが音を立てて崩れていくように思え、ベッドに横たわる彼が痩せた病人でただの男であったことを知ってしまった。いや本当は知っていたし、彼に憧れ同じ様に生きてきた僕はもう気が付いていたのだ。弱い心を認めたくなかったのだ。

その後、気まずくなった僕は病室を辞して、新幹線に乗って東京に向かった。

隣に座った春休みの家族連れがディズニーランドの話をしていたのを覚えている。

彼の母から訃報を知らせてもらったけれど、葬儀には行かなかった。

彼は死んでしまったし、真実を知った僕にはもう用は無かっただろう。

時々、彼を思い出す時がある。分不相応に振舞に虚勢を張る人を見た時や自分がそう思える時に彼の笑顔を思い出し寂しくなる。

10年の時が過ぎ、彼の年を追い越し生きながらえて、誰かに褒められたり、親しく声をかけられたりと、僕は精一杯生きている。

アイドルは偶像という意味があったなと思い、あの音は心が潰れる音だったかと今更気が付いた。

あの日新幹線の車窓から見た東京タワーは美しく、凛として見えた。僕は無様でもいいから、弱音を吐いてもいいから生きていこうと心に決めた。こんな男でも愛してくれる人がいるから幸せだと感謝している。

 

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