物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

人生のお師匠さん

「足るを知る」という、考えを教えてくれたのは叔父だった。「奪い合えば足りず、分け合えば余る」とも話してくれた。二つの言葉の意味を、欲張るな求めすぎるな、頃合いを見定めよ、分相応を省みよということだと、僕は解釈している。叔父は粋を極めた数寄者で蕎麦屋での酒の飲み方とバーでの立ち振る舞い、古典落語の講釈、相手先への口上や挨拶の仕方。レストランでの女性のエスコートまで、大人の男の所作や心配りについて教えて頂いた師匠だった。そして威厳のある怖い人だった。叔父と邂逅はおよそ1年間ほどで、回数は僅か20回程度の短い時間だったと思う。叔父の望む解答を探りながらも、刺激的でエキサイティングな日々を過ごすことができた。恩人であり、大切な人だった。その叔父が亡くなってから四半世紀が過ぎる。

 彼は起業家であり2度の会社経営に失敗した。3度目に友人と始めたイベント興業が成功し会社の礎を築いた。その後時代の風を読んだ彼は、会社を情報処理会社へと変遷させ、独立系のITベンダー企業を造り上げた。葬式は夏の暑い日に執り行われた。隣接する青山霊園から蝉時雨が聞こえていたのが印象的だった。その日僕は叔父が創った会社の役員にお悔やみを言い遺族を労った。そして青山葬儀所で彼の出棺を見送りながら滂沱の涙を流した。親しい人はいつも途中で居なくなるのが僕の人生の定めのようだ。

   そして叔父は僕に、あらゆる分野の本を多く読めと薦めてくれた。本に飽きたら人と会えとも言っていた。なぜかと尋ねたら、本を多く読むことで様々な人生を送ることができる。将来、何もかも失いお金や体の自由は奪われても、頭の中にある知識や知恵は誰にも奪われない、知識は力なりだ、覚えておけと熱く語っていた。

 とにかく数多くの人に会って話を聴くんだ、特に癖のある奴らに会え、自分とは異なるタイプの人間から逃げるな、距離を取れないときは懐に飛び込め。人と生まれたからには人と付き合わなければならない、知識のないもの、知恵のないものは馬鹿を見る。そして、ものの善悪は自分で決めろ。彼の遺言のような激は今でも胸に刻まれている。僕は教えの通り世の中を渡ってきたが、愛情だけは全ての人間に望んでしまう。足りないぐらいが丁度良いはずなのに、頭では理解しているが求め過ぎてしまう。そして自分も愛を配り、傷ついている。そんな不出来な弟子を師匠は草葉の陰で笑ってくれるだろうか、心配だ。

 

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