物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

妨げることも人生だ

そもそも人に語れる話はある意味良い思い出で、自分の中では決着がついた話だ。悲惨な過去や苛烈な体験でも話せることは、誰にも迷惑がかからない終わった話だからだ。関係者がまだ生きている、あまりにも陰惨で考えたくもない、話すと死を招く話は墓場まで持って行く秘密だ、たとえ拷問を受けても話せないことはある。この人気の無いブログを読む方で実際の僕を知る人はいない筈だが、それでも語れないのだ。特に金にまつわることは人が死ぬ話になる。いずれにせよ、人は幸せになるよりも不幸になるほうが確率も数も多い、そうでなければ人間は幸福なんて概念を持たない。金なんて紙に書いた数字なのに、喜怒哀楽を左右され命を落とす者までいる。ふざけたことだ、一部の権力者が作り出した幻想を信じて、媚びへつらい奴隷の人生を歩む。お金が絡む話で今まで僕に関わった人間は必ず最後は不幸になった。そしてそれは今後も続くはずだ。力も無いのに抗う者は潰される定めだ、長くは生きられないし、深手を負い心を病む。僕はこんな生き方しか出来ないが、たまに気まぐれに人を助けることもあるから、この人生に意味があると信じている。そして秘密は人に影を持たせるが同時に深みを与えてくれる。光と影、陰陽の機微。経験からだが、嫌なものを見続けた人間は目に光を無くす。法や倫理の埒外を標榜し、仕組みから逃げられないなら仕方が無いと諦めて受入れ、自らがそれを行う者となる。残念ながら僕はその誘惑には落ちなかった。周辺を歩きながら線を踏み越すことはしなかった。そのことが却って僕を苦しめることになる、どちら付かずの半端な人生は人の信用を失うことになる。でもあちら側の世界に行くことは出来なかった。力と金で欲望を満たす世界は魅力的だが、結末は破滅しかない。僕はバカでは無い、小利口な小心者だから楽な道は歩けないし、享楽に溺れ用意されたものには面白味を感じない。僕はいつも本気だし腹を括っている、運が悪ければ死ぬだけのことだ。死は甘美な到達点で逃げ込む先としては最高だ。でもまだこの世界でやり残したこともある。昨日逃亡先の沖縄から戻ってきたある人間の申し出を断った。彼が来年の桜を眺められかどうかは分らないが僕に出来る事はない、死んだ金を施すことは無意味だ。彼の家族の行く末には心を痛めるが、自分自身を助けなかった人間に手を差し伸べることは、僕の人生をも破綻させることになる。人に恨まれるのは気分の良いものではないが、これも仕方がない結末だ。善人ではないが悪人でもなく今日を変わらず生きていくだけだ。やがて近い将来に僕も彼らと同じ地獄に堕ちるだろう。再会した時に諸先輩に方にいびられないように、大悪人にでもなって箔を付けるかとくだらない考えが浮かび、独り失笑してしまった。