物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

母からの手紙

便箋に肉筆で書かれていた齢八十才の母から届いた手紙は縦書きの文字が右肩上がりで枠をはみ出し曲がっていた。短い手紙は僕の昇進を喜び、僕の頑張りや努力が認められ親として嬉しいと書かれていた。そして少ないけれどと現金が添えられていた。最後の一文に「左目ゆがで見え字曲がって書いている様です」と記るされた母の手紙を読み終え目頭が潤んだ。母は12月の初めに病気に罹り左目の視力をほとんど失ってしまっていた。そして僕は野口英世博士の母である、野口シカさんの手紙を思い出した。幼いころから年の離れた兄に父母の愛情は注がれ、兄もそれを独占しようとして特に母を独り占めにした、家族が出かける時はいつも祖母と二人で留守番をしていた。僕は寂しのあまり家族に迷惑をかけることばかりをして叱られていた。少しでも自分に振り向いて欲しかったからだ。家族の誰も出来の悪い僕には期待していなかったし、ことあるごとに反発し素直に愛情を受け取らない僕は捻くれた可愛くない子供だったはずだ。大学を出て父親が用意した就職口を断って逃げるように街を出て遠く離れた自動車メーカーに就職した。赴任地の希望も海外支店を選んだ。今思えば心配して構って欲しかったからだと思う。そして母はいつも心配そうに僕を見つめていた。

野口シカさんの手紙に触れたのは、数年前に家族で会津を訪れ「野口英世記念館」で肉筆の手紙に出会ったからだ。母親の愛は深く尊くそして限りない。幸い僕は実家から車で30分の距離に住む、親孝行に鼻白む年齢でもない、母に「ありがとうございます」とお礼を言いに行かなければ。

野口シカさんの手紙

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<母シカからの手紙>
  私が35歳の時、ある1通の手紙が日本から届きました。それは、私に日本への帰省を催 
促する母からの手紙でした。
  年老いた母が、幼いころ習った字を一生懸命思い出しながら書いた手紙。一文字一文
字から深い愛情が感じられ、幾度も読み返さずにはいられませんでした。
 
“おまイの しせにわ(出世)には みなたまけました
  わたくしもよろこんでをりまする
  はるになるト みなほカイド(北海道)に いてしまいます
  わたしも こころぼそくありまする
  ドカはやくきてくだされ 
  はやくきてくたされ はやくきてくたされ はやくきてくたされ はやくきてくたされ
  いしょ(一生)のたのみて ありまする
  にしさむいてわ おかみ(拝み) ひかしさむいてわおかみ しております
  きたさむいてわおかみおります みなみたむいてわおかんておりまする
  はやくきてくたされ いつくるトおせて(教えて)くたされ
  これのへんち(返事)ちまちてをりまする ねてもねむられません
(明治45年(1912年)母シカが英世に宛てた手紙より抜粋)

 

 

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