物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

懇親会の夜

「あなたは堂々としていなさい、そしてトップに立ったからには胸を張りなさい、でも無理せず自然体でいいのよ、信じた通りにやれば良いし、きっと上手くいくわ」

昇格して小さな事務所を任された僕に、彼女はそう勇気付けてくれた。

「明日職場の懇親会があるのだけど、出しゃばらず目だたず大人しくしていようと思うんだよ、好かれなくてもせめて嫌われないようにって心掛けるよ」

彼女にそう約束し、件の懇親会が終わった後に話をした。

「どうだったの今日は、楽しく過ごせたの」

「うん、君の助言通り垣根を作らず自然に振る舞って、皆の機嫌を損ねることはなかったと思うよ」

「もう、あなたは気を遣いすぎなのよ、そんなんじゃ酔えないしお酒の味しなかったでしょ」

「立場的に乱れても隙も見せてはいけないし、皆が打ち解けて楽しければそれで良いんだ。それが僕の役割だから」

「可哀想な性格ね、傍にいたら私が皆にこの人は悪い人じゃないから、協力してあげてお願いしますって頭を下げてそう言いたい」

「ありがとう、それはそれは頼もしい、でも大丈夫だよ。僕は人に恵まれているんだ。良い人に必ず巡り会える」

「苦労してるのに、人に感謝するのね、なんだか安心したわ、まあよかった、声が元気になってきたし、あなたが自分から人を遠ざけてたのが分かったでしょ」

「分かるんだね、君はすごいや、そして君と話すと僕が元気になることも、君は僕の薬だよ、副作用のない精神安定剤だ」

「お互い様よ、あなたは私の安らぎよ」

「一晩抱き合って眠りたいな」

我儘を言ったあとに彼女は沈黙した。

「困らせないのよ、分かるでしょ、あなた身の破滅よ、立場と責任を考えなさい」

「良いんだよ、もう自分の好きなように生きても良いころだ、形は整えたし、しばらくしたら、別の誰かに来てもらって引き継いでもらうよ。それにこの体調じゃ先が見えている、このままだと職場に殺されてしまう、笑えないけど笑える事実だ、ねえ最後に我儘を聴いてくれよ」

「あなたは、私より長く生きるんだから、そんなことは言ってはだめよ、病院で検査をして健康になってね、あなたは駄目よそんなこと言っては、皆悲しむわよ」

「不安なんだ、毎日本気で生きて、いつ死んでも良いと思っているけど。終わりが分からないのは不幸だろ、ゴールの見えない限り数値目標が立てられない」

「バカね、皆そうよ、私が悲しむようなことは言わないで、なるようにしかならないわ運命を受け入れて」

彼女との電話は最後は涙を流すことになる。僕は寂しがり屋で弱っちい男だから、好きな人よりも早く死んでしまいたい、悲しいことはもう勘弁だ。だから緩慢な死を受け入れている。人は精神的にも肉体的にも内側から腐っていく、長く生きても感受性は強いままで僕は清濁併せ飲みながらも、青臭いまま死にたいと思っている。

 

 

 

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