物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

Stray cat

穏やかな日々、波風の立たない凪いだ世界。

上辺の優しさと愛想笑いの日常、平凡な社会生活。日付が変わる前に家に帰り、眠るベッドは暖かい。不自由もなく全ては満たされている。こんな当たり前の生活が明日も続くのかと目を閉じて、ため息と共に眠りに就く。

やっぱり僕は無理なんだ。平穏と退屈よりも、感情をぶつけ合う混乱と奔流にのまれる世界のほうが居心地が良い、予測がつかない未来、問題の渦中にこそ現実がある。

土地や人に慣れてしまうと、友人や知り合いが増えた分だけ世界は狭くなる。窮屈なのは嫌だから逃げ出したくなってそわそわしている。ただただ面倒なのさ、無理に話を合わせるのは疲れちゃうよ。

生きる為には、咽を鳴らして甘え、すり寄って、愛してくれた人には抱かれたりしたけれど、心だけは許さなかった。居心地の良い場所、美味しいご飯、膝の上で機嫌良く眠る。油断しつつも柔らかな部分には決して触れさせない、心は許さない野良猫の気持ち。

路地の曲がり角で野良猫を見つけ近寄って、僕もこんなんだけどね、ミューミューって親しげに話しかけてみるのさ、大抵は相手にされない、野良猫とはそんなものだ。だけど群れることが嫌いな僕らは一緒に少しの間だけど夜の底をテクテクと歩いた。

「嘆いて 嘆いて 僕らは今うねりの中を歩き回る 疲れを忘れてこの地で この地で 終わらせる意味を探し求めまた歩き始める」

君がいる限りは、まだ遠くには行けないな、月が無い空は満天の宝石箱だ、君が隣にいてくれたら素敵なのに、なんて思ってキミの声を思い出してニコニコしているよ。

 

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キミをどんなに想い続けても

例えば、海が見える場所で触れるか触れないかの距離でベンチに腰を掛けて

一緒に夕日が沈むのを眺めることは素敵なことだと思う。

例えば、天井の高いレストランでナイフとフォークを動かしながら、穏やかに会話を愉しみ、美味しい時間を共有することは、僕の消えない記憶になることだと思う。

例えば、僕が君なら僕を好きになったかなとか、君が僕ならばなんて、思い描く景色の中には、必ず君に居てほしいなあと思う。君がいない世界なんて色彩も味覚もない世界で、無味乾燥の味気なさだよ、きっと。

毎日感情を抑え込み、事務的に他の惑星の住民みたいに振る舞う僕も僕であり、真っ直ぐに君を好きだと言える僕も僕なんです。そんなこと君は十分知っていて、優しく僕を受け入れてくれるから甘えてしまうんだ、大人なのに困った男だね。

君は僕の前にふわりと舞い降りた天使なのさ、 僕を地上につなぎ止めてくれている。君に逢わなければ僕はもう…

 「願うならさよならと笑えるより 寂しいねっていってくれるようなそんなふたりがいい」

今度お逢いするときはそんな気持ちでいたいのです。月が代われば君に逢える、カレンダーを見つめてため息をつくのは、楽しくもあり寂しい気持ちなんだ。

 

 

Dream Land

夢の中に出てくるぐらい君を想っていたい。

僕のじゃなくて君の夢の中に、

恋人じゃなくても、友達じゃなくても

すれ違う通行人役でいいから、

君の無意識の世界の住人になってみたい。

夢で愛しい人に逢う方法、平安時代の恋する乙女が詠んだ唄を思い出して、寝間着のスウェットを裏返しに着て寝ている。

僕はただのウッカリさんではなくて、これは良く効く恋のオマジナイを試しているのです。

「いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る」小野小町

(恋しくて切なくてたまらないほどあなたに逢いたいときは寝間着を裏表に着て寝ています、そうすればあなたに逢えるから)

って意味なんだけど、1200年前も現代でも人の心は変わらず、恋は心を掻きむしるものみたいだ。

「夢の中に住みたくて 光が包む 痛みのない国 花の香りが引き寄せる 帰りたくないから」

今宵こそ、夢の中では秘密の旅に出掛けよう。これから瞳を閉じて君に逢いに行く、その前に声に出さずに君の名前をそっと呼んでみた。

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かたちのないもの

潰れた心を、そおっと両手で抱えて陽向に持っていた。春の陽を浴び、鳥の歌を聴き、少し優しい気持ちを吹き込んだら、イビツながらも形が戻った。

破れ、砕かれ、打たれながらも意外にタフなものなのだ。鉄であったり豆腐であったりバラ色や灰色と目まぐるしく形や色を変える。大きくも小さくもなるのは人の器量で、空っぽだったり無くしてしまった人もいる。

そもそも、型に入れられるものじゃないし、自分の気持ちで変わるものなのだと知っている。

だから、やっかいなまでに絡みつき、満たすまでは求め、溢れそうになれば慌てて蓋をする。見て来た世界の広さや深さによって、心は磨かれ輝きを増す、人によって世界の景色が違うのはそのためだ。

君と会うとイビツな形が丸くなって、ウキウキと弾んで何処までも行ける気がするよ。鏡に映したように君の心も丸くなるのが判るから、嬉しさって共鳴するんだと思う。

もし傷ついたら包んで癒してあげるから、その時は僕に預けて下さい、痛みを取り除いて強くしなやかに柔らかくしてお返しするよ。

「心が揺れてたのは夜の風に吹かれていたから誰かに そう誰かにこの事を伝えなきゃ駄目なんだ 」って、もし明日君に会ったら照れながらこう話す事に決めたからね。

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怖いから隠してしまうんだよ

本当は東京駅でサヨナラを言うつもりだったけど、わがままを言って同じ電車に乗り込んだ。まだ、君と離れたくなかったからだ。

 一駅だけ一緒の電車に乗って、名残惜しいけど開いたドアからホームに降りた。

ホームの階段を昇る手前で振り返ったら電車に残った君と目が合った。

その時、青い炎に焼かれたみたいに心がチリチリと痛んだ。

最初の痛みは、君にメモを貰った時だ。僕と好きな音楽ユニットの話が出来て嬉しかったと書いてあった。次は橋の上で近づくショートカットの君を見つけた時、それから、それからと僕は本のページを捲るように君との思い出を探していた。

この本の物語は続きがあると信じているが最後の一文がどう綴られかは僕にも分らない。

「二人でいられる理由を いつも探してた

一緒にいたいなんて 言えない関係だし

キミの好きなものにも 詳しくなってくうちに 

この気持ちも大きくなってしまったよ」

音を立てながら風が吹いている、僕の想いがこの春風に乗って君の街まで届けばいいのに。 

心が潰れる音4

「この子は無理をしていたんです、強くもないのに強いふりをして、恰好ばかりつけてバカな息子です」彼の母は、僕の知らない彼の姿を語った。

無理に飲みすぎて家で嘔吐する彼、周りの気を引こうと奢り集られて借金を重ね、ギャンブルに依存する彼、名古屋を離れてから、彼の事を忘れて暮らしていた僕には初めて聞く話ばかりだった。

僕は知らなかったし、彼も僕には昔のままの自分で居たかったのだろう。自分の意に反して強くて格好の良いまま死ねなかった彼を哀れにも思った。

何処かからペットボトルを握り潰すようなグシャっという音が聞こえた。確かに病室の何処から音が聞こえた。それは彼か彼の母かそれとも僕、いや全員の身体から聞こえた音だ。

僕は自分の憧れが音を立てて崩れていくように思え、ベッドに横たわる彼が痩せた病人でただの男であったことを知ってしまった。いや本当は知っていたし、彼に憧れ同じ様に生きてきた僕はもう気が付いていたのだ。弱い心を認めたくなかったのだ。

その後、気まずくなった僕は病室を辞して、新幹線に乗って東京に向かった。

隣に座った春休みの家族連れがディズニーランドの話をしていたのを覚えている。

彼の母から訃報を知らせてもらったけれど、葬儀には行かなかった。

彼は死んでしまったし、真実を知った僕にはもう用は無かっただろう。

時々、彼を思い出す時がある。分不相応に振舞に虚勢を張る人を見た時や自分がそう思える時に彼の笑顔を思い出し寂しくなる。

10年の時が過ぎ、彼の年を追い越し生きながらえて、誰かに褒められたり、親しく声をかけられたりと、僕は精一杯生きている。

アイドルは偶像という意味があったなと思い、あの音は心が潰れる音だったかと今更気が付いた。

あの日新幹線の車窓から見た東京タワーは美しく、凛として見えた。僕は無様でもいいから、弱音を吐いてもいいから生きていこうと心に決めた。こんな男でも愛してくれる人がいるから幸せだと感謝している。

 

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心が潰れる音3

記憶が混濁した彼は、うなされ「怖い怖い、死にたくない」と身体を震わせていた。「先生、助けて下さい」と僕を医師に間違えて「虫が背中に貼り付いて取れないんです」と訴える。

見てはいけないものを見てしまったという思いが心に湧いた。隣にいた彼の母親の表情が強張るのが分かり居心地の悪さで僕はしばらく席を外した。

春の日差しを浴びた屋上庭園は長閑で、太平洋が見渡せた。(彼の病室は山側だった)この建物の階下には沢山の病気が蔓延り、死が隣併せで存在しているのことが冗談のようなのんびりとした景色だった。

30分ほど時間を過ごし、病室に戻ると彼は眠っていた。

「私のことは判るのですが、他の方は駄目みたいです、お気をなさらずに」彼の母から告げられた時、僕がどう答えたのかは記憶にない。

安らかに寝息を立て眠る彼は、痩せても枯れても僕の憧れである彼は彼ですよ、伝えたような気がする。

 

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