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物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

同じ空ではないが、同じ匂いがする風が吹いた。

今月今夜のこの空を君はどこかで見ているのかな

昨年は下弦の月、今年は月齢二歳の繊月だ。

昨年、眠る飛行場には優しい風が吹いていて、薄曇りで余り星は見えなかった。

あれから僕らの距離は縮まったのかな、

あの頃の僕はこの先人生がどう転ぶかなんて予想もつかず自分が出来る最善は何かと考えていた。

ただこの場所から離れていく予感だけはあり、そんな思いを胸に秘め、橋の上から君のシルエットが僕に近づいてくるのを眺めていた。「こんばんは」と挨拶をした君も僕もその日髪を切っていたことを知った。

あの晩君はフェスに行った話をした。最後はセッションでフジファブリックの「若者のすべて」を演ったと僕に教えてくれた。

僕が何を話したかなんて覚えていないけど、冗談ばかりを言っていた気がする。

時間としておよそ3時間弱僕らは短いドライブをした。最後はもう少し一緒にいたいなあと思いながら君を降ろし背中を見送った。

あの日から君は変わらず僕のラブリーだ。君は一人で頑張り過ぎずに、僕にもう少し甘えてくれたら嬉しいのだけだ、君はそういう人じゃないことも理解している。

だけど、少しはね僕に弱さを見せてください。困った時や必要な時は僕を頼りにしてください。

 

 

老舗の寂しがり屋

今すぐ会えないか、迎えに来てくれと真夜中過ぎにLINEを送った。寝ていた彼女は「どうしたの」と尋ね「今、どこにいるの」と返信が来た。赤羽駅の西口ロータリーだよ、どうしても君に会いたい、5分だけでも君に会いたいと告げると「困った人ね分かったわ、30分待ってくれる」と彼女は答えた。化粧も着替えも必要ないよ、兎に角会いたいんだと彼女に告げ、迎えを待つ間二人の女にLINEを送り時間を潰した。

25時近くになって彼女は白い軽自動車に乗って現れた「なにかあったの、あんたから急に会いたいなんて初めてだからびっくりしちゃった」寂しくなって君の顔が浮かんだからさ、会いたくなっちゃたから仕方ないだろ

「あんたって可愛いね」と彼女は笑った。

「あれ、今日はお気に入りの彼女とデートだったんじゃないの、ヘンなことして振られたんでしょ」と若いくせに年増のような口振りだ。いや、楽しかったよ。でも愛されてないことを確認して寂しくなったんだ。「それで、わたしを呼んだんだ、分かり易い人ね」

と嬉しそうに笑う。

「ねぇ、わたしとその女とどっちが好きなの」悪戯ぽく彼女は言い僕の瞳を覗き込む、

どちらも魅力が違うからどっちも好きさ。「ねぇそんなときは嘘でもお前だよって言うものよ、それであんたをどこに連れて行けばよいのかしら」自宅近くまで送ってくれといったら「わたしはタクシー変わりなのね、あんたってホントクズ野郎だ」と叱られた。

明日子供の誕生日で運動会なんだ、早く帰って眠らないと「それ、わたしが聞いて喜ぶと思う」と呆れられる。ごめんね、でも君に会えて良かったよ、顔を見たらほっとした、それに君は僕のことが心配だっただろと手を握ると「馬鹿ね」と顔を赤らめた。

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王冠と踵

一緒にいたのに切り離され、余計な物を挟み込むれて、再び僕らは出会った。距離はあるけど会話は出来る、ただ抱きしめることは叶わない。一定の距離で僕らは向きあい小さな世界を形成している。二人が揃わなければささやかなこの世界は崩壊するから、僕らは絶妙な距離で世界の維持に貢献している。クラウンとヒール、君が王冠を戴き、僕の踵で世界を支える。

heel は別に悪役と言う意味があるけど、君の輝きの為に汚れ仕事は僕が請け負うよ。

言葉の響きが同じheal は癒やしだ、僕が君を癒やし優しい世界を守るのさ。

ハンバーガーを見つめてなんで深刻な顔をしているの」と君は言うけど、

それには答えず君といる世界は美しいね、とはぐらかして僕はビールを飲み干した。

ハンバーガーのバンズの上をクラウン、下をヒールと呼ぶことをなぜだか君には言えなかった。

 

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良い人なんて退屈だろ

嫌われるのを恐れず言えば、僕は自分が好きで、目的の為に手段を選ばず、大事な感情の一部が欠如したダメ男なのだ。

本来だらしなく、明日のことより今日が楽しければそれで良いっていう、刹那的な衝動に左右されやすいタイプの人間なのだ、と言ったらみんなは驚くだろうか。

それが露呈するのが怖いから、まともな人間の振りをして、本性に気付かれないようにしているんだ。嘘をついて立派な人間を演じているけど、わかる人にはバレているみたいだ。

ほんと人間的にダメな男だと思う。誰かを不幸にしても自分の利益を優先するし、特にお金が絡むと冷酷無情に振る舞ってしまう。僕が借金の依頼を断ったことで人生を終わらせた奴がいたが、僕は彼に同情しないし、心も痛まない。自分に器量がないのに欲に溺れた奴の自業自得なのだ。勝負に負けた奴は退場していく定めだ、自分が同じ立場になり、他人に同じことをされても、仕方がないと思っている。

そのくせ、享楽的に欲に溺れる共犯者を見つけて誘い堕落させる。相手に対する責任とか義務とかなんて考えない。僕は社会的通念とか罪悪感が著しく欠如しているのだと思う。倫理や規範で人を縛りつけるキリスト教的価値観なんぞ関係ないよ。奔放に人と出逢い別れ、風に吹かれて流されるまま自由に過ごす。

ただ、生きる為に与えられた役割を的確にこなしている。家庭で職場で寂しい女の前で、その場所で最適で必要な人間としての役割を演じている、完璧ではないがそう心がけている。

僕は自分を理解している。自分自身にクズだという自覚があるから始末が悪く、開き直ってこれが自分だと悪びれない。周りの人を巻き込んで結果不幸にさせるのだから、悪の化身のような気もするのだ。

そんな大したものでもないか、せいぜい迷惑で人騒がせな困った人ぐらいの立ち位置だ。

いつも大人や複数の女に依存し悪びれもせず、あなたが好きだ必要なんだと甘えて人生を渡ってきた。その気持ちに嘘はない、いたって本気そのものなのだ。僕はこんな生き方しかできない。善人なんてなれっこないよ。

何時も思うのは、自分は最低だけど僕と一緒にいる女の子とは、最高の時間を過ごしたいと考えている、沢山笑って楽しく忘れられない思い出を君にあげよう。

呆れるよね、こんな僕でも君が許してくれるなら、明日の夜は素敵な時間をお約束しよう、僕の冗談で君の瞳が三日月の形になるのを見せてくれないかな、出来れば僕の心に刺さる君の必殺ウィンクもお願いしたいな。

俺は思うに、たとえばあの子は 透明少女

好きな音楽の話になり、彼女がバンドを組んでいることを知った。

「わたしはギターを弾いている、曲によってはボーカルも」と珍しく控えめに彼女は告げた。僕も昔バンドを幾つか組んでいて、ライブハウスやコンテストに出ていたと話をしたら、演奏の評価を聴かせてほしいと練習スタジオで録った曲を渡された。僕はプロに成れなかった男で半端なまま音楽を辞めた。僕に解るかどうかと断ったが、あまりにも勧めるので聴くだけならとCDを受け取った。

期待もせずに聴いたら、3曲とも僕の好きな曲だったから驚いた。

神聖かまってちゃん「ロックンロールは鳴り止まないっ」大森靖子「絶対絶望絶好調」そして、NUMBER GIRL「透明少女」だった。一曲だけ20年近く前の曲だったのでなぜ?「透明少女」なのと聞くと、向井秀徳様(さま付けだよ)が好きなのと彼女は言う。そして曲への想いが強すぎて髪を赤く染めたんだと告白した。

黒髪の君がねぇ、僕が驚くと「高校生の頃、ひと夏だけ」と、うそっぽく笑った。バンドの演奏は下手で特にドラムのリズムが不安定、それにベースが危なっかしくてコードを追うことが精一杯のアマチュアだった。彼女のギターは悪くはない、キーボードとボーカルはそこそこだった。このバンド何年やってるのと聞くと、半年と答えた。それで君たちは何を目指すの?

「暇つぶしよ、別に何かを目指してる訳じゃない、あんたみたいに本気で何かに成ろうとしている人達じゃないんだ、みんな」と寂しそうに言う。

良かったよ、選曲が最高だね、演奏はともかく凄くロックだ。ストレートで爆発的で分り易すぎる無垢な叫びを聞かせてもらったよ。と感想を話すと、

「ありがとう、あんたは、解ってくれる気がしたよ」とほっとした顔になる。

演奏が入ったCD から音源をコピーし、スマホに入れて毎日この下手くそなバンドの演奏を聴いている。

毎回同じところでミスをするベースに微笑みながら(僕はベース担当だった)「透明少女」を懐かしく聴いている。

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気づいたら俺はなんとなく夏だった♪

心はうらはら

求めに応じて僕は僕らしく振る舞った。

同じように見えるけど昔の僕とはもう違う。

僕は事実を知ってしまった、もう昔には戻れないんだ。それが何かは今は言わないけど。

火曜日は躓くことが多い日だ、思うように行かないことばかりだけど、誰のせいでもないから尚更苦しい。目の前の問題を追いかけて追いかけられ、とにかく止まらず走り続けていた。人生に疲れてへとへとになった僕は、ブラックホールに吸い込まれるように、猟奇的な彼女と毎日会って話をした。彼女の破天荒な人生はまるで絵本の中のおとぎ話のようだ。僕は自意識過剰な若い頃の自分を見ているようで、チリチリと胸が痛んだ。彼女を眺めていると、ただただ懐かしく切ない気持ちになる。

会話の途中で僕が彼女に微笑むと、たちまち彼女は不機嫌になった。君の考えは間違っていると否定すると、彼女の怒りはさらに加速した。わがままに呆れてしばらく黙ると「怒ったの、言い過ぎたよ、ごめんなさい」としおれて謝る、不思議な娘だ。

無防備に、全てを預けて僕に依存し甘えている彼女が愛おしい。もう無理なんてしなくても良いと告げると、声を上げて彼女は泣き出した。

僕は彼女を抱き寄せもせず、声もかけずに部屋を出てベランダで口笛を吹いた。風に乗って救急車のサイレンが遠くから聞こえた。

どうして僕は何時でも楽な選択肢を選ばないのだろうと考えていた。さめざめと泣く女に手を焼いて、僕は途方に暮れていた。

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わたしに振り向いてと彼女は叫ぶ

「わたし、高校生の時に親と喧嘩して出てけって言われて頭にきて、家中の靴を玄関から外に投げ捨てたことがあったんだ」

でも、利口な犬が全部咥えて来て元に戻したんだろ。

「なにそれ、家には犬なんて居なかった、あんた何時もふざけないでよ、おっさん冗談が寒いぞ」

それとも家族に新しい靴をプレゼントするつもりだったのかな、サプライズ的なヤツでさ

「バカだろ、嫌がらせだよ、ワカルだろボケ」

小気味よいねぇ、君の悪口はリズムがいい。

「わたし、お姉ちゃん大嫌いでさ、ブスで性悪で外面だけ良くてちゃっかりしてるんだよ、それにあいつ、外であったら無視すんだよ」

それで今度は何を捨てたの、彼女の下着でも窓から捨てたのかい、困ってただろ

「エロオヤジ、そんなん無くても上から服着れば平気だよ」

君は逞しいね、それに少し騒がしいと不意に唇を塞ぐと大人しくなった。

「ずるいぞ、わたしって嫌われ者だろ、あんたもあたしのこと本当は嫌いなんだろ、都合が良いから会ってるだけだろ、でもわたしも大嫌いだからね」

素直なのか強がりなのかは解らないけど、彼女はとても可愛い人だと思って、愛おしいと優しく抱きしめる。