物語は終わっても人生は続く

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

夢の中で彼女は

彼女は照れた顔で、若い男を見上げている。

僕はその場所がどこだかを知っていた。

彼女は目白にあるホテルの一室で窓際にある椅子に座りカメラを向けた男にポーズをとっていた。水色のノースリーブのワンピースを着て、サンダルを脱いで裸足でいた。

裸足の理由は一日中、東京の街を歩いたから、足がだるいとバスタブにお湯を張って足を温めていたからだ。

即座にこれは、25年前の景色だと僕は理解した。捨ててしまった写真の中に同じポーズの彼女がいたはずだ。僕は夢の中に居る、過去に紛れ込んでしまったのだと自覚した。

カメラを持つ若き僕は彼女が向ける笑顔が永遠に続くと信じていた。

翌朝僕らは将来の話をしたあと他愛のない理由で喧嘩をして、しばらく会わなくなるのだが、当時の僕はそれには気が付くはずもない。

「楽しかったし、美味しかったね」

「『志むら』のかき氷はうわさ通りだった」

「『九十九餅』もね」

「そうだね」

「そうよ」

そんな話が聞こえてくる。

僕は二人を見守るだけだった、

目が覚めると泣いていた。歯を食いしばり嗚咽していた。

何もかも美しく、ままごとみたいに過ぎていく毎日だった。

あの頃の僕は若さゆえの我儘と強がりを抑えることはできなかった。おそらく愛情についても知っているふりをしていただけで、何も理解していなかったのだ。

 なぜ再び彼女は僕の前に現われたのか不思議な気分だった。

彼女の声を聴きたいなっと思ったが、思い出すことは出来なかった。

 

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置き去りにした心

丁寧に言葉を重ね相手のペースを汲んで軟着陸地点を捜していた。

気持ちが上手く伝わらないのは自分の実力不足であることは明らかだから残念で仕方がない。僕はコミュニケーションの手法が独特で本心を隠して煙りに巻くから相手も戸惑うのだろう。自分が照れ屋なのを思い出したよ。

築き上げた信頼関係を瓦解させる事を恐れ、時間を置き愚か者のふりをして、忘れたことにした。なるべく普段通りに言葉を交わし、穏やかに接した。

全ては相手が傷つくことが無いように考えた結果だ。それが優しさなのか諦めなのかは僕にもわからない。

兎に角、悩んだ末に情緒的かつ論理的に考えて、たどり着いたのが今の立ち位置なのだ。

人間はそんなに立派ではなく、心は柔らかく揺れるから面白いと、君が気づけば楽になるのにと思ったりしている。

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叩いても響かない

伝えたいことを伝えていたはずだ、何度も何度でも同じ言葉を話しかけていた。それでも相手に理解してもらえないのは、自分の努力不足だと思っている。自分の気持ちが言葉が足りないから判ってくれない、非は自分にあるのだと。

タイミングを図り何度かドアをノックしたが沈黙したままだったから、僕は踵を返して帰ることにした。

残念ながら相手は僕を拒否している、ならばもう話すことは何もない。それなりの覚悟があっての事だと認めるしかない。礼を尽くした一連の手続きは終わった、後は此方も覚悟を決めるだけだ。

伝わらないのは寂しいけど、僕の話しなんて聞きたくないみたいだ。

今は相手の気持ちを尊重しようと思う。しかし、規律を守れず害をもたらす者は味方ではない、組織は守るが人は守らない。やがて此処から退場して戴くつもりだ。とても悲しい決断だけど仕方がないことだ。

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夏休み

遠く離れたリゾートホテルで過ごした休暇の間、

あまり青空は見えず霧に覆われ湖も見えなかった。

森を歩くガイドツアーや流星群の観測会にも、賑やかな北京語が聞こえ、それが当たり前に思えるほど彼らは何処にでもいた。肌の色の濃さと服装から台湾からの旅行者だと思われた。

「請安静点!」と小声で言っても届かない、諦めのように「没法子」と口にしたら隣の中国人旅行者が驚いたように僕を見た。

空港で搭乗を待つ間、カナダから来た若い旅行者と短い話をした。

 「What do you think of them?」

「who」

「It is him」

「Looks fun]

「Nor have I, for that matter……」

やれやれと僕らは首を振り、これから京都に行くという彼にお別れを言って

家族の元にもどった。

娘に何を話していたのか聞かれて「世間話さ」と答えた。

避暑地の混雑から解放されて街に戻ってきた。

東京は相変わらず外国人旅行者が溢れ、子供の頃に感じた閑散とした夏の空虚さはどこにもない

蒸し暑い夏が続く、同じようにセミは鳴き、青空には積乱雲が浮かぶけど、時代は変わっていく。

自分は過去から来た人間だ気が付いて、ため息をつく。

家路に向かう間迎え火の提灯を持つ一群を追い越し、今日は盆の入りだと気が付き墓参を忘れた自分を強く恥じる。

夏は続き、罪深い僕の人生も未だ終わる気配がない。

 

 

 

 

 

 

 

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君に伝えたいこと

人は70%は水で出来ているから、心が揺れるのは仕方ないのさ、遠ざかり近づき、また接近する彗星のように気持ちは巡る。

日々の暮らしを続けているうちに季節は変わり、月も満ち欠ける。一つとして同じものがない空色と風の匂い、希望と諦念の狭間で永遠に定まらない立ち位置を探している。

全てが生成し消滅する宇宙の法則の下で僕らが生きている限り、昨日と同じ今日が永遠に続く訳はないのだ。

だから君と一緒に過ごす時間を大切にしたいと考えていた。

君の一瞬の微笑みを得るために僕は生きている気がした。

僕らの出会いは必然であり運命であったと思うのは僕の妄想だと君は考えるだろうか。

役割を終えた僕は、最後にさよならを言わず、君を傷つけることなく離れていくことにした。

追いかけることもしないし、君の主張に感想を持たないことにする。

距離感をいつも見失う僕も今回は上手に出来ていると思う。

すぐに慣れて当たり前になる、君と親しく話をする前の僕に戻るだけなのに

なんでこんなに寂しいのだろうか。

 

 

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逃亡者みたいだ

薄暗い店内にはゆらりと海水魚が泳ぐ大きな水槽があった。青白い光が反射して天井が揺らめき川の流れのように見える。向かいあう色白の君の頬も青く染まり別人みたいに冷たく見えた。慌てた僕が君の存在を確かめるように頬を触り髪を撫でると君は微笑んでくれた。何時までも可愛い女だと僕は思った。青山にある穴蔵のような店で僕らは会った。食事をしながらもお互い会話らしい会話はしなかった、僕は珍しく冗談を言わこともなかった。そういえば彼女と過ごす時には僕は殆どしゃべらない、気を使うことなく、無理をしないそれが許されるから楽だった。

人目を忍び逢瀬を重ねる僕らに安息の地をない。二人とも現実から目を背けて明日なんて来なければ幸せだと思っている。この瞬間、この夜が永遠に続けばと本気で思っていた。

僕らの辿る結末は判っている、でも気がつかないふりをしていた。

僕らは難しいことは考えない。二人でいると楽しくて切なくて、安心して心を預けて過ごせるから離れられない。

駄目な奴らだよなと君に告げると

「ごめんなさい」と小さな声が返ってくる、謝らないでくれと言うと、君は再び「ごめんなさい」と告げる。

 

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嵐の夜に車を走らせて思うこと

黒い雲が東京の空を覆い隠し遠くで稲妻が光った。

雨を誘う風が吹き、荒れ模様の空は僕の心を映し出したように忙しない。

虎ノ門ヒルズは雲で全体を隠していた。さっきまでいたアンダーズ東京は雲の中にある。降り出した雨の中で彼女のことを考えていた。秘密の逢瀬を重ねても虚しいだけなのに、彼女と会うと僕は嬉しくなる、感情は理屈を超えてゆくのだ。会った時よりも別れ際のほうが幸せな気持ちになるから困ったものだ、逃亡者のように人目を忍ぶ共犯者、僕らの関係はボニーとクライドみたいだった。

難しいことは考えずに今の時間を大切にしようと思う。明日は死んでいるかもしれないから後悔はしたくない。

やがて降る雨は強まりワイパーが効かないほどの豪雨になった。このまま首都高のガードレールにぶつかって全てを終わらすのも悪くない、そんな考えが頭をよぎる。僕は破綻しているのだと改めて自覚する。ギリギリの精神状態なのに冷静な自分が可笑しくて苦笑いを浮かべた。